教育は芸術
シュタイナーは、「教育は学問ではなく芸術だ」と言っています。
シュタイナー学校で使うもの
よく知られているのは、鉛筆やペンを使うのではなく、クレヨンを使う、ということでしょう。文字の勉強は絵から入る、というのも知られています。それから、楽器。音楽の時間ではなくても、国語や算数の授業中でも楽器を使ったり歌を歌ったりすることがよくあります。シュタイナー学校では音楽を大切にしています。
他に、フォルメン、オイリュトミーというものもあります。
エポック授業
エポック授業というのがあります。これも有名です。これはなんでしょうか。
毎朝、2時限分を使って、数週間同じ科目(主要科目)を学びます。たとえば、国語を4週間やっている間は、算数はその間まったくやらない、という具合です。国語の4週間のエポックが終わったら、次は算数を4週間やり、その間国語はやらないわけです。
1年生の子供が算数を4週間やって、そのあと4週間算数をやらなかったらどうなるか・・・そう、忘れてしまいます。4週間ぶりに算数に戻ると、忘れてしまっている子がほとんどですが、覚えている子もいくらかいるそうです。でも、シュタイナー学校では、忘れてしまう方がいい、としています。
なぜ忘れてしまっていいのか、親としてはそれが心配になります。子供達が忘れてしまうのは、意識の表面にあるものであって、算数のエポックに戻れば、また1日か2日ですぐに取り戻します。表面的なことは消えてしまっていても、子供の中に消えないで残っているものがあるのです。それはなんでしょうか。
4週間続けて毎日算数、または国語をやり続けるということに意味があります。そして、数週間休むということにも意味があります。毎日2時間ずつ同じ科目を続けてやることで、子供の中に「具体から抽象へ」の流れが生じます。
たとえば、アルファベットを覚えるのに、最初に絵を描きます。ノート(画用紙)一ページいっぱいにアルファベットが含まれた一つの絵を描くのです。次に、もうちょっと抽象化された絵、次に、その絵から抽象化された文字をページいっぱいに描いて、それで一つのアルファベットを覚えます。
なぜそんな面倒なことをするのか、「K」なら「K」って教えればいいじゃないか、と思うかもしれません。でも、「K」は「K」でしかなく、なぜ「K」という文字を作ったのか、どうやってこの文字ができたのか、それを知らずに覚えるというのは、ただの決まり、約束ごとを覚えているだけでしかありません。
発音し、絵を描き、文字にすることで、人間が文字を必要として、文字を作りだした、その流れを子供達に体験させているのです。
全部の文字をそうやって覚えて行くわけではありません。ある程度いくつかの文字を、その手順で覚えていくと、あとはアルファベットだけを覚えます。なぜ全部やらないのか。いくつかのアルファベットを絵から覚えていくと、全部の文字にもそういう流れがある、ということが子供にもわかるからです。
算数なら、ローマ数字を覚えることから始まります。ローマ数字を覚え、ローマ数字で足し算や引き算を覚えます。これも、1+1=2と形式的に覚えるのではありません。ローマ数字を自分で書いてみてください。ローマ数字の「I」を二つ並べると、そのままローマ数字の「II」になります。ローマ数字だと計算を覚えやすいから、というのもあるかもしれませんが、これも具体から抽象への流れを生み出すのに必要なのです。
そうやって覚えていくことによって、子供の中に「具体から抽象へ」の流れが生じ、4週間国語ををやっている間にやったことを忘れてしまっても、子供の中には「もっと抽象化したい」、「もっと記号化したい」という欲求が生じていているのです。これは4週間休んでいる間にも無意識の中で熟していき、熟したところでまた算数のエポックに戻り、その時に初めて「1」「2」などの数字が出てきます。「抽象化したい、記号化したい」という欲求のあるところに、人間が作った決まり事を教えることによって、子供はすんなりと受け入れられるのです。