シュタイナー教育の人間観
人間をかたちづくる四つの構成体
「生まれたのはいつですか?」と聞かれたら、普通ならお母さんのおなかから出てきた日を答えるでしょう。でも、私達は、この外の世界に生まれて出てくる前に、すでにお母さんの体の中に十月存在し、生きていました。
子供を産むお母さんの立場に立ってみましょう。お腹の中の子供が大きくなって、重くなってきたからといって、もう出てきてくれ、早く生まれてくれないかな、と思いましたか? まだ産んだ経験がない人でもそう思うでしょうか? 重くても、生きているってわかっていても、臨月まで待ちます。
思いもよらない原因によって2〜3カ月早く生まれてしまうこともありますが、そういう場合は、早く生まれてしまったことを心配しますね。なぜなら、赤ちゃんはお母さんのお腹の中で臨月まで育ち、それから外に出てくる、その期間が生まれてくる赤ちゃんにとって必要な時間だと知っているからです。
では、四つの構成体とはなんでしょうか。
| 「物質体」 | ・・・ | 私達の「体」そのものです。 |
| 「生命体」 | ・・・ | 引力に逆らう力(飛んだり、手を上に上げたり、体を動かす力)。 成長や繁殖をつかさどる力をいいます。 |
| 「感情体」 | ・・・ | 「喜怒哀楽」「快・不快」等、言葉通り「感情」です。 |
| 「自我」 | ・・・ | 考えたり、言葉を話したり、「私」という意識を持っていることです。 |
シュタイナー教育では、この四つの構成体が人間にはあるのだ、ということを前提にしています。この中で眼に見えるのは「物質体」しかありませんが、心の眼を働かせれば「生命体」も「感情体」も「自我」も見えるはずなのです。見えなければ、シュタイナー教育は理解できない、ということになってしまいます。
シュタイナーによれば、人間はこの構成体を、自らが存在したその瞬間から、四つともすべて持ってるのですが、最初は全部保護膜におおわれているのです。
「物質体」に対する保護膜は母体そのもです。残りの三つは眼には見えませんが、母体と同じようなそれぞれの保護膜に包まれている、と考えてください。
この膜に包まれて保護されている状態が大切なことなのです。赤ちゃんの肉体が臨月になって自然に熟して外へ出てくる時がくるまでは、必ず母体という膜に覆われていなければならないように、残りの三つの構成体も、自然に熟して外に出てくるまでは、無理やり外に生まれさせてはいけないのです。
では、これらはいつが臨月で、いつ生まれるのでしょうか。
「物質体」・・・0歳。(母親から外に誕生した日)
「生命体」・・・およそ7歳くらい。(歯が生えかわる頃)
「感情体」・・・およそ14歳くらい。(思春期にさしかかった頃)
「自我」・・・・およそ21歳くらい。(一人立ちしてきたな、と感じる頃)
この「およそ」というのが大切です。「物質体」の誕生の時にも、予定日の前後2週間くらいのズレが問題ないように、他の三つにも同じことが言えます。7歳では、前後半年から1年、14歳では前後1〜2年、21歳なら前後2年くらいのズレは問題ないのです。
それぞれの時期の教育的課題
0歳から7歳までを「第一・七年期」、次の14歳までを「第二・七年期」、21歳までを「第三・七年期」と呼びます。
第一・七年期
この時期の教育の課題は、身体の諸機能が充分に、健全に働くようにしてやる、ということです。
子供は、きれいな気持ちはきれいなものを見ることによって身につけていくし、おいしさはおいしいものを食べて味覚に残っていくように、自分の全感覚を総動員して、まわりのすべてを模倣していきます。だから、模倣にふさわしい、子供に吸収されてよいものを身の回りに置くようにします。
この時期には、周囲の大人は模倣されてよい存在でなければなりません。
この時期は、悪いものを見せて「これはダメですよ」、という反面教師のやり方は通用しません。たとえば、お父さんが新聞を読みながらご飯を食べていて、「お父さんみたいにしてはダメですよ」と言うと、子供はそれを、おままごとをするときにそっくりまねして、「ああいうことをしちゃダメですよ」と言うのです。それくらい、子供のまね、模倣というのは徹底しています。
だから、前のページであげた6項目の中にもあったように、三つや四つの子供に向かって、「自分で判断しなさい」というのは、無理な要求なのです。
これは、やがて、意志力とか行動力を生み出すため、その源になる教育です。
では、これを早産させてしまった場合はどうなるでしょうか。今は、2歳や3歳の子供に英語や算数を教える教室や、教育機器もあります。これらを使って3歳の子供に学ぶことを強制すれば、その子の知力は一見早くから発達するように見えます。
でも、生命体は早産させられてしまうわけですから、この時期に育つべき意志力や行動力が充分育たないことになります。大人になってから、どこか意志力や行動力の弱い人間になってしまうのです。そして、この意志力や行動力がなければ、本当の思考力というものにも限界がきてしまいます。
第二・七年期
この時期の課題は、いろいろな芸術的刺激を与えてやる、ということです。
芸術体験によって、世界を美的に感じとらせることです。将来は思考力が必要になる学科でも、この時期は感情体験として感じとらせるだけにしなければなりません。抽象概念をそのまま教えてはいけないのです。
すべてを芸術のオブラートに包んで、感じとるように学ばせる、という教育は、将来、豊かな感情を持つことを目指しています。
これを早産させてしまった場合はどうなるでしょうか。小学校3〜4年生の子供に抽象的な思考操作(例:代数計算)を強制すれば、胎動は起きているのでできないことはないし、簡単にできてしまう子供もいるでしょう。ですが、感情体は早産させられてしまうわけですから、大人になって感情の乏しい、人間味の乏しい人間になってしまう危険があります。
この時期の大人は、「権威」でなければなりません。「自由への教育」のシュタイナー教育にとって、この「権威」とは、「自明の権威」でなければならないというのです。そこにあるのが当然だという権威です。しかも、愛される権威でなければなりません。
この時期の子供にとって、それは学校の担任の先生なのです。シュタイナー学校で8年間担任制をとっている理由のひとつがこれです。この時期に、そういう全面的に頼り切れる大きな権威を体験した子供でないと、のちに本当の自由に達することができないのです。体験しないと、権威に対する欲求不満が残って、大人になってからなんらかの外側の権威に盲従してしまいがちになります。
この時期に権威にひたりきり、そういう権威であればこそ、8年間の担任が終わる頃には、子供達が猛烈に反抗するようになります。誰よりも偉い、と頼りきってきた先生に対して、「もういやだ」という反抗を経験して、「これでやっとおさらばだ」という気持ちを味あわせて第三・七年期に送るわけです。この過程が必要なのです。
1年交代の担任制では、頼りきることもできないし、反抗しつくすこともできません。この時期、同じように、親も子供に反抗される時期を持たなければなりません。
第三・七年期
この時期になって初めて、抽象概念、思考力によって世界についての包括的な認識を持てるようにする、ということです。
これは、思考力、知力、判断力というものを作り出していきます。
この時期の大人は、人間として、長所も短所もある人間として、子供に対することが大切です。ただ、先生は教育者である以上、あるひとつの分野では絶対だというものを持った人間として、子供達に接することが大切です。
途中で早産をしないで、順序通りに育って、20歳前後ですべての誕生を終えて独立した人間は、「自由を獲得した人間」だとシュタイナーは言います。