(ドイツの公立の小学生)
「シュタイナー教育」という、特別に名前の付いた教育制度が世界で注目を浴び、”日本とはまったく違う教育制度だ”ということで日本でも注目を浴びています。でも、シュタイナー教育が特別なのではなく、日本が特殊なのだ、ということを考えていただきたいと思います。

ドイツの公立の小学生(2年生)
ドイツで友達の家に滞在中、公立学校の小学生とふれあう機会を得ました。その友達のお母さんが小学校の先生をしていて、ある日、「子供たちを連れて動物園に行く(遠足)から、一緒に来ない?」と誘われたので、ついていきました。
朝、お母さん(先生)と一緒に家を出て、学校へ。まずは、校庭で思い思いに遊んでいる子たちを集め、教室へ行き、先生が今日の遠足の費用を集めました。席は、男の子同士だったり、女の子同士だったり、男の子と女の子が並んでいたりして、日本の学校のように規則正しく男の子と女の子が隣りに座る、というようなものではありませんでした。
次に外へ出て、バスに乗ります。2年生は2クラスあり、今日は2年生が遠足に行くようでした。それぞれのクラスに分かれて2台のバスに乗りますが、この時も席は決まっていません。早いもの順です。空席を作らないように前につめさせて、最後に先生と一緒に子供たちの後ろに座りました。日本だったら、先生は一番前ですね。なぜでしょう。後ろに座ってみて分かりましたが、後ろに座っている方が、子供たちのことをよく見渡せるのです。
バスの中で、先生が私のことを「彼女は私の息子の文通友達で日本から来たの。彼女はまだあまりドイツ語ができないから、彼女と話すときは正確に明瞭に話すこと。汚い言葉は使ってはだめよ。」と紹介しました。私達の前に座っていた二人の男の子は、しょっちゅう後ろを向いて先生と私に話しかけてきます。子供たちは先生のことを「フラウ・○○」と呼びます。この「フラウ」というドイツ語は、英語の「ミス」または「ミセス」の呼びかけに当たります。先生のことを「先生」とは呼ばないのです。このことでも、「先生」と「生徒」ではなく、「大人」と「子供」という一般的な関係を保っていることを知りました。
動物園に到着して、先生が子供たちを並ばせます。その時も、「はい、二人づつ組んで並びなさい。」と言うと、子供たちは、男女関係なくいつも仲のいい子と組んで、早いもの順に前から並びます。日本のように男女一列ずつ背の順、名前の順のような並び方はしません。
動物園に入場しました。見てまわる順は特に決まっていません。子供たちに「何が見たい?」と聞いて、子供たちが「見たい」というものを見てまわります。
10時過ぎに食事タイムがありました。ベンチに座り、みんなそれぞれ持ってきたものを食べます。パンだったり、果物だったり、クッキーだったり、チョコレートだったり・・・と、みんな様々なものを食べています。
それからまた動物を見てまわりますが、歩くときも、整列して並んで進むわけではありませんでした。所々に園内案内図があるので、そこで子供たちに見たいところを聞いて、「じゃぁ、こう行ってこうまわろうか。」と決めたら、その通りにある程度固まって進んでいけば問題ないようです。
一応、先生も後ろの方からついていって、全員いるかを時々チェックしながら子供たちと一緒になって動物を見ることを楽しんでいるのです。あまりにもみんながバラバラになってしまうと、遅い子たちを早く行くように促したりして、とりあえずまとまるようにはしていました。
帰るときも、動物園を出る前にまた並ばせて(これも、前と同じように、早いもの順)、先生が人数を数えて、人数が揃っていることを確認し、バスに乗り、帰路につきました。
これらのことは、友達のお母さんのクラスだけではない、ということを、念のため申し上げておきます。
考察
今回、こうして、ドイツの小学生たちと一緒に動物園へ行ってみて、日本との違いに驚かされたのは言うまでもありません。
まず、第一に、友達のお母さんが、遠足に私を連れていったこと。日本では考えられません。日本だったらきっと、学校の許可が必要になるでしょう。私が行ったことも、もう一つのクラスの先生にわざわざ説明するとか、そういうこともありませんでした。お母さんの判断でしたことで、他人に説明する必要もなく、また、他の先生も、お母さんの判断したことに対して、問題がなければ干渉することはありません。
次に、バスの席や整列の仕方。好きな子(ペアはだいたい決まっているらしい)と組んで、早いもの順に並ぶのです。日本だったら、バスの席はほぼ必ず前もって決めておきますね。整列の仕方にしてもそうです。日本の小学校だったら、背の順や名前の順に男女一列づつ等、並ぶ位置が決まっているのが当たり前です。教室での席もそうでしたが、日本ではたいてい、男女が隣に並ぶようになっていて、しかも、名前の順、とかそういう風に決められてしまいます。
それから、「先生」と「生徒」の関係。確かに子供たちは、先生のことを「上の人」として見ていました。でも、「先生」だから、という見方ではなく、一人の「大人」として見ているのです。先生も先生で、威張ったり、威圧したり、ということはしません。一人の大人として子供たちを見ているようでした。ドイツでは、日本のように、子供を子供扱いしたりすることはありません。一人の人間、として扱うのです。
ですから、このドイツの公立学校の例を見て分かるように、シュタイナー学校だけが特別なのではありません。日本が特殊なのです。
小さな頃から、親と子供、先生と生徒、先輩と後輩、のような上下関係を無意識のうちに植え付けられ、背の順だ、名前の順だ、と自分の場所を決められ、それが当たり前になってしまう・・・それが問題なのです。自分を主張する必要もなく、まわりがすべて決めてくれていたのです。
それだけならまだしも、まわりと違うことは罪、自分を主張することは罪、というような意識までが、こういったことから生まれている、ということに気付いてない人が多いのではないでしょうか。